いつか来るお別れを「後悔」ではなく「温かい感謝」に変えるために 一緒に始めませんか?「アドバンス・ケア・プランニング」
母をがんで亡くしたことをきっかけに、私は緩和ケアの大切さを痛感し、緩和ケア認定看護師となりました。
母の闘病中を振り返ると、家族一丸となって一生懸命頑張ったと思う一方で、ひとつだけ心残りがあります。それは、「死」についての話題を避けていたことです。
病状が悪くなる中、母と二人きりになると、「私が死んだら、こうしてほしい」と話すことが多くなりました。当時の私は、その思いを素直に聞くことができず、適当に相づちを打ったり、時には「聞きたくない」と言ってしまったりすることもありました。そのとき、母が寂しそうな顔をしていたことを、今でも思い出します。
「もっと母の思いを受け止めてあげたら、母に寂しい思いをさせずに済んだかもしれない」そんな思いから、父とは元気なときから、たくさん「死」について話をしました。母の介護を一緒に頑張ったからこそ、死をただ怖いものと捉えるのではなく、前向きに話し合うことができたのだと思います。
いつも優しく、全力で生きた父も、人生を全うし、母の待つ世界へ旅立ちました。会えないことは寂しいですが、私の中には、父と共有した 時間が温かく残っています。
現在、私は緩和ケアチームの専従看護師として、多くの患者さまやご家族に寄り添っています。日本の医療現場では、今でも本人に病名を伝えないという選択がされることがあります。そうした場面に向き合う中で、「本当にそれでよいのだろうか」と自問自答する日々があります。
私が看護を行ううえで大切にしているのは、患者さまやご家族のありのままの思いを受け止めることです。「こうあるべき」と自分の価値観に当てはめるのではなく、その方が何を大切にしているのか、一緒に考えることから始めています。いつか来るお別れを「後悔」ではなく「温かい感謝」に変えるために。
患者さまやご家族の思いに寄り添い、一緒に考えながら看護を実践してみませんか?
母の闘病中を振り返ると、家族一丸となって一生懸命頑張ったと思う一方で、ひとつだけ心残りがあります。それは、「死」についての話題を避けていたことです。
病状が悪くなる中、母と二人きりになると、「私が死んだら、こうしてほしい」と話すことが多くなりました。当時の私は、その思いを素直に聞くことができず、適当に相づちを打ったり、時には「聞きたくない」と言ってしまったりすることもありました。そのとき、母が寂しそうな顔をしていたことを、今でも思い出します。
「もっと母の思いを受け止めてあげたら、母に寂しい思いをさせずに済んだかもしれない」そんな思いから、父とは元気なときから、たくさん「死」について話をしました。母の介護を一緒に頑張ったからこそ、死をただ怖いものと捉えるのではなく、前向きに話し合うことができたのだと思います。
いつも優しく、全力で生きた父も、人生を全うし、母の待つ世界へ旅立ちました。会えないことは寂しいですが、私の中には、父と共有した 時間が温かく残っています。
現在、私は緩和ケアチームの専従看護師として、多くの患者さまやご家族に寄り添っています。日本の医療現場では、今でも本人に病名を伝えないという選択がされることがあります。そうした場面に向き合う中で、「本当にそれでよいのだろうか」と自問自答する日々があります。
私が看護を行ううえで大切にしているのは、患者さまやご家族のありのままの思いを受け止めることです。「こうあるべき」と自分の価値観に当てはめるのではなく、その方が何を大切にしているのか、一緒に考えることから始めています。いつか来るお別れを「後悔」ではなく「温かい感謝」に変えるために。
患者さまやご家族の思いに寄り添い、一緒に考えながら看護を実践してみませんか?


